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切迫早産で入院した話、目次。
『切迫早産』で検索してお越しになる方が多いので、目次をここに載せますね。


張り止め(リトドリン)を飲み続けるも妊娠21週で腹部に痛みを感じ、

病院に電話したらその後『切迫流産・切迫早産』で入院になったお話の目次。

2013年1月末の出来事です。

※2013年6月に無事出産、活発な女の子を育ててます。

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

子宮頚管も短くなってた(切迫早産入院2日目)

引越しと減薬(切迫早産入院3日目)

義母っぽい(切迫早産入院4日目)

「意見は即却下だ」(切迫早産入院5日目)

明日なんです。(切迫早産入院6日目)

「オツトメご苦労様です」(切迫早産入院7日目)

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2015.12.17 Thursday  | - | - | 

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

検診の度に「家事禁止」で「なるべく安静に」と念を押され、
初期から不安な状態だったため、仕事はずっと休みをもらっていた。

このまま休み続けて産休育休と行けば2年以上の休職になるのだが、
期限というものがあるので(そりゃそうだ)、
いい加減安定期に入るであろう1月21日(月)に仕事を再開した。


*****************

1月23日(水)、妊娠21週、復職3日目。

6ヶ月検診の日。
分娩が2件入っているらしく、先生が診察に戻るまで長い待ち時間を過ごした。

私がお世話になってる産院は個人医院で、
3階建てという建物の大きさであるのに医師が一人しか居ない。
当然、分娩が入れば診察はストップになる。

大柄の院長はいつもの早口をさらにスピードアップさせて、
さささっとエコーの確認を始めた。

そのままさささっと診察が終えられ、「散歩と、2時間以上のドライブ禁止ね」と告げられた。
6ヶ月も半ばだというのに、まだ胎盤が完成してないらしい(※一般的には5ヶ月で胎盤が完成し安定期に入る)。

来月頭に夫の実家で、義祖母の50日祭があるのになあ。

川越からひたちなかまで約2時間半。
”途中で長めの休憩すればいっかー。”

仕事については「無理しない程度に」OKは貰えたので(この”無理しない程度”が分からないから厄介なのだが)ゆるゆると産休まで通勤できそうだ。

と、この時点では思っていた。

処方薬がズファジランからリトドリンに変更されたので、
副作用について説明を受けてから会計を済ませて帰宅する。

*******************

1月24日(木)、復職4日目。

職場に到着してすぐ上司に時間を取ってもらい、会議室で
”まだ安定期に入らない”旨と、無理ができない状況なのを報告する。

10:30頃。

瞬発的に、左下腹部が痛む。
あれっ? 何だろう、と顔を上げてやっと、
前のめりでモニターに向かっていたことに気付いた。

席を外して休憩にする。

16:00頃。

午前中で帰宅して、コタツに足を突っ込んでぼんやり雑誌を眺めてると
またあのズキっという痛みが。

気のせいだろう、が、痛みの回数とともに不安を連れてくる。

「何か変わったことがあったらすぐ連絡するんだよ」という看護師さんの言葉を思い出していた。

ただ、迷っていた。

身動きが取れない程の痛みではない。
我慢できる。
というより、「痛いかな?」ぐらいの痛みでしかない。

とは言えそれはどれも”私にとっては”だ。

子宮や、胎児にとってそれがどのくらいなのかが全く分からない。

私自身だけで済むなら気にせずやり過ごすけれど、
果たしてこれは病院に連絡する程度のことなのだろうか。

30分間、「大丈夫」「いや、どうしよう」を繰り返して

「こうしてずっと迷ってるなら(病院に)相談しよう」とケータイを持った。

病院では看護師さんが受け取ってくれて、症状を説明すると
「生理痛ほどの痛みでないなら」と前置きしてから

「お薬飲んで、1時間ぐらい様子を見てみて」と答えてくれた。

しかし「それでも痛むようだったら入院だから」と付け加えられたので思わず私は、

えーーーっ!! と叫んでしまう。

電話を切ってすぐ、昨日処方されたリトドリンを1錠飲み込んで

もうズキっとしないで欲しいと願いながら薬が効くのを待った。


17:00頃。

そろそろ薬の効果が現れるはず…と期待しているところに、あの刺激痛がくる。

痛みは5分とあけずやってきた。
まだ薬の本領が発揮されないのかもしれない。


17:50過ぎ。

観念した。

痛みは消えなかった。
電話を掛ける。

「入院の用意をして来て」と指示される。

まさかこのぐらいの痛みで? 信じられない心地のまま
「何日分用意すればいいですか?」と聞くと

「一週間はみて」なんて応じられて愕然とする。


簡単にシャワーを済ませてから、バッグに下着とタオルと洗面用具を詰めながら

「本当に入院なのかなあ?」と何度も夫に呟いた。


「念のためってことで」夫になだめてもらいながら車に乗せてもらう。


18:30頃。

病院に到着すると車椅子に乗せられて、そのまま3階の処置室へ移された。

助産師兼看護師さんが出血の確認と、子宮口の開き具合をチェックする。

…すぐに処置が必要な状態ではないらしい。ほっ。

膣を消毒され(これが力むと痛い)、再び車椅子で2階の病室へ移動。
通されたのは、個室だった。

前開きのボタンが膝まで続く長い病床着に着替えるよう言われ、
ベッドに横になって心電図を録る。
左手に点滴の針を刺された後、
分娩監視装置で子宮の収縮と、胎児の心音をモニターする(※NST:ノンストレステスト)。
個室にお腹の子の心音と羊水の中を動き回るノイズが響いて、もう一つ安心した。

ロビーで「子宮収縮が起きているので入院」と告げられたらしい夫は、
時間が遅く病院で夕飯が出ないのを知って一旦家に戻っていた。

病室に入って来た時には、コンビニ弁当ではなく自宅で調理してきたお弁当を持ってきてくれた。

一緒に胎児の心音を聞く。「なんか、鼓動が凄く速いね」
規則正しい音に、彼が前々から心配していた事が晴れたのを教えてあげた。
「けど、不整脈は遺伝してないでしょ」
(夫は、先天性の不整脈で心臓を手術していたし、その時に軽微な弁不全も判明したので
子供に遺伝しないか懸念していた)


私が受ける点滴は、経口摂取していたものと同じリトドリンだ。
看護師さんには「副作用凄いから。”こんなにはぁはぁして大丈夫なの?”って言うぐらい息が上がるから。手もガクガクするよ」と冗談まじりに説明された。

その通り、採血が終わって『看護計画書』にサインをする時には、
どうしようもなく手が震えて名前によく似た文字を書くのが精一杯になっていた。

代わりに、お腹を触ると今までに感じたことがないくらい柔らかくなっていた!
右から押すと、ふよん、と左に揺れて戻ってくる。

この瞬間初めて、ずっと張っていたんだ、という事を理解させられたのだ。

入院して良かったのかと思っていた私の心を読んだのか、看護師さんが笑った。
「入院して良かったんだよ」


20:30。

NSTが終わるのを待って、夫は帰宅した。
会社への連絡は明日朝、彼がしてくれることになった。


22週に僅かに満たないが、診断名は ”切迫早産” だった。

(※21週までは『切迫流産』、22週以降は『切迫早産』とされる)
2013.01.28 Monday 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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2015.12.17 Thursday 14:52 | - | - |