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切迫早産で入院した話、目次。
『切迫早産』で検索してお越しになる方が多いので、目次をここに載せますね。


張り止め(リトドリン)を飲み続けるも妊娠21週で腹部に痛みを感じ、

病院に電話したらその後『切迫流産・切迫早産』で入院になったお話の目次。

2013年1月末の出来事です。

※2013年6月に無事出産、活発な女の子を育ててます。

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

子宮頚管も短くなってた(切迫早産入院2日目)

引越しと減薬(切迫早産入院3日目)

義母っぽい(切迫早産入院4日目)

「意見は即却下だ」(切迫早産入院5日目)

明日なんです。(切迫早産入院6日目)

「オツトメご苦労様です」(切迫早産入院7日目)

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2015.12.17 Thursday  | - | - | 

明日なんです。(切迫早産入院6日目)

読む方が忘れた頃に、twitterログに紛れて更新するブログになってます。
見辛くてごめんなさい。

*******************

1月29日(火)


6:00

検温。
なのだが、寝付くのが遅かったので、朝のアナウンスに気付かなかった。

看護師さんが部屋に入ってくる音で目が覚める。

あぁ、そうだ検温しないと…と体を起こそうとすると制され、
夢見心地に点滴ぷすり。

そうだった。
張り止めの点滴を外してもらえたものの、
抗生剤の点滴は続くんだった。
張り止めのように常時滴下している必要はないし、すぐに終わるので、
こうして必要時に針を刺されることになるという…。

大人になってから(正確には2007年に骨盤骨折をして死にかけてから)、
針を刺されるのが苦手になった私だ。
子供の頃は、点滴が好きだったんだけれど。

産まれて間もなくから良く熱を出す子供で、
3日とあけず病院に連れ込まれていた。

それが小学校に入ってしばらくするまで病院通いの日々があったので、
幼稚園に通ったのは月10日が最高だった(らしい)。

幼稚園代わりが小児科だった。

疲れるとすぐ発熱嘔吐し、
泣かない大人しい子(らしい)が何もアピールすることなく静かに弱っていって、
物心ついてからはアレルギーやら喘息やら装備するように。

この子は大人になれないんじゃないか、
なんて半ば本気で心配されていたのだが。

その後身体が弱いのを克服して、とか
難病に打ち勝って、とかそういう劇的なパワーを得ることなく、
もちろん何かに秀でることもなく、
『市販薬飲むなら病院に』を主義としつつ
持病を緩やかに誤魔化す方法を覚えた怠惰な大人になってしまった。

高校に入ってから毎日良く食べる私の姿を見て
「強くなったなあ…」としみじみ涙していたのだ。

強くなる材料もチャンスもあったんだ!!
もう立ち向かう気力なんてないけど!

そんなお子様時代に出会った、注射や点滴。
苦しくて辛くてどうしようもなかった体調が、
あっという間に楽になっていく!!
処置されるたび、子供心に感激していたのだ。

お注射してもらえれば元気になれる!
お母さんも喜ぶ!!
点滴は歩けないくらいしんどい時でも元気にしてくれる!!
明日は遊べる!!

単純だけど、注射・点滴はすごいやつ、と信頼していた。

でもね、2007年のケガで首に(栄養補給のための)チューブ刺されたり両手点滴だったりで、
「もう針刺されるのやだー!」って思ってから苦手になった。

注射怖いです。


7:00

本日の朝食。



…魚は、お湯でゆすいだ味がする。
味が薄いからかもしれないけど、うーん。

そしてこの食後からリトドリンが飲み薬になった。
久しぶりに見る錠剤。
張りが強くならないといいなあ。。


9:00

点滴が外れたので、「シャワー入っていいよ」と言われる。
看護師さんが脱衣所をストーブで温めてくれた。
いそいそ準備。
慌てて入院用意してきたので、洗面用具が足りないが…そういう人が多いから心配なかった。
タオルやボディソープ、シャンプーは病院のものが使える。

4日ぶり! 冬とはいえさすがに髪もゴワゴワしていた。

いざ! シャワー!! 
…と、体を清めていると…

突如お湯が水になるという仕打ち。

再びお湯になるのを待つうちに体は冷えてしまった…。

様子を見ていたが、お湯を浴びれたのは最初の3分くらいで、
結局シャワーは水を浴びせてくるだけだった。

仕方ないので水浴びに興じ、
脱衣所で体を温めた。


10:30

診察。

直前に水シャワーで滝行をしたものの、
張りは落ち着いているとのこと。

このまま夕方まで痛みが出なければ、

明日、退院する。

やっと…! やっと退院だ…!!

切迫早産で入院のわりには、最短の入院期間だったけれど
(4ヶ月入院した友人もいた)、
入院初日から早く家に帰りたかったので嬉しい。

あまりに嬉しかったので、病室に戻った途端
mixiやメールで各所へ退院決定の報告をした。

タブレットのキーボードをカタカタしていると、
医療事務のおねえさんが入院費概算のメモを持ってきた。

お値段、6万4千円(入院期間1週間)。

予想より安く済んだ! 
…が、
購入予定だったマイクロフォーサーズのレンズは我慢するしかないかな…




12:00

お昼はパンとシチュー。


だが物足りない。

そりゃそうだ。家でパンを食べる時はもっと大量だった。
夫に至っては、一斤の食パンにかぶりつくことだってあるぐらいだ。

このぐらいが"適量"なのか。
…自重しよう。


15:00

ふしぎなおやつがやってきた!


食べましたよ。
食べて正体が分かるかと思いましたよ。

ところがこれが分からないのです。

黒糖と葛っぽいし、
コーヒーゼリーっぽいし、
なんだったんだろう。


15:30

大量の荷物と共に夫が来る。

替えの下着なんて、あと1着でいいはずだが、
3着はある。
水も3本。

「明日退院なのに?」と聞くと

夫が文字通り目を丸くした。

「聞いてないよ!」

…え!?

慌てて送信メールを確認するも…
確かに、夫に退院を伝える言葉は見当たらない。

しまった。SNSに送信するばっかりで夫に言い忘れてた

明日の退院で必要になる入院費を準備してもらおうと、
キャッシュカードのありかと暗証番号を伝え終わった瞬間彼は
「まだマンガ喫茶も行ってないし、掃除も終わってないのに!!」と大慌てで帰宅していった。


17:20

点滴が外れた身軽さを存分に味わうため、ベットで寝返り無双する。
しかし調子に乗ってゴロゴロしているうちに、体でナースコールを押してしまった。
忙しいのにごめんなさい。


18:00

最後の夕飯。


中華! マーボー豆腐。
すべて美味しくいただきました。

グレープフルーツ以外は。

昔「飲んでる薬と飲み合わせが悪いから」っていうので
グレープフルーツ食べない習慣がついてしまって…
今でもなんとなく食べられない。

で、今回も例によって食べ終わると同時に看護師さんが来て、
食後の点滴ぷすり。

一方その頃、夫は退院後数日分の副菜を
まとめて調理しているらしかった。
まるで給食のおじさん。
大量に写真付きメールが来る。

料理メールの中に、
「加入していた県民共済から保険金が下りるよう手配しといたよー」
という文もあった。
よかった!
共済金がおりる、というのと、
そのメールを見逃さなくて、という意味で。

抗生剤の点滴は量が少ない上、滴下スピードも早いのであっという間に終わる。

ナースコールをしなくてはならないのだが、
点滴終了の報告が酷かった…。

お子様の時分にははっきりしっかりと「てんてき、おわりましたっ!」と言っていたはずである。

31歳の大人になった私の宣告は、

「て、てんて…っ、点滴がぁっ…!!」 

看護師さんが慣れた様子で「はーい。今いきまーす」と返してくれる声を、情けない心地で聞いた。


22:00

就寝。
いよいよここで寝るのも最後だと思うと感慨深くなる。

出産時にまた来るのだろうけど。

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JUGEMテーマ:妊娠と産婦人科

2013.03.21 Thursday 11:34 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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