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切迫早産で入院した話、目次。
『切迫早産』で検索してお越しになる方が多いので、目次をここに載せますね。


張り止め(リトドリン)を飲み続けるも妊娠21週で腹部に痛みを感じ、

病院に電話したらその後『切迫流産・切迫早産』で入院になったお話の目次。

2013年1月末の出来事です。

※2013年6月に無事出産、活発な女の子を育ててます。

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

子宮頚管も短くなってた(切迫早産入院2日目)

引越しと減薬(切迫早産入院3日目)

義母っぽい(切迫早産入院4日目)

「意見は即却下だ」(切迫早産入院5日目)

明日なんです。(切迫早産入院6日目)

「オツトメご苦労様です」(切迫早産入院7日目)

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2015.12.17 Thursday  | - | - | 

「オツトメご苦労様です」(切迫早産入院7日目)

1月のネタがやっと書き終わります。
ホントにゆるペースな私。

************************
1月30日(水)

6:00

夜勤の看護師さんが、手術着+紙帽子のまま検温にくる。

夜中に分娩が1件、切迫早産1件の入院があったらしい。

「夜勤2人だけだから、病棟に誰もいなくなっちゃってー」
そうか、そういえば昨夜は長いことナースコールが鳴ってた。
しかももう1件分娩控えているそうで、今日はまだ帰れそうにない、と苦笑いしていた。

と話すのもつかの間。
看護師さんが手に持っていたプラケースから巻き付いていた紐のようなものを解き、
私の腕に近づける。
そしてまさかの…
ぷすり。

昨夜が最後と言われていた抗生剤の点滴が再び。

疑問に思ったがもう刺されてるので、何も言わず。

7:00

最後の朝食。



入院当初は食べきれなかった食事が、この時はもう10分程度で食べ終えてしまう。
しかも足りない。食欲復活か。
トレイに乗せられた温かい麦茶をすする。

そういえば手の震えが消えた。
やっぱりリトドリンの点滴を外したからだろう。
入院当初「慣れるわよ」と看護師さんに言われたものの、
手や顔がいつも震える状態は、なんとももどかしくて仕方なかった。

ふと、実父を想った。

彼は原因不明の"震え"を、20年以上患っている。

手足が震えるので有名なのは、『アルツハイマー』だが、
どうやら違うらしかった。

『本態性振戦(※)』

病院嫌いなので実際にそう診断されたわけではないが、
調べた限りその疾患がぴったり当てはまった。

原因は不明。

私が小学生のある日から、顔が左右に震えるようになった。
本人の意志ではない。
止めようと力を加えても、手で抑えても、
以来父の顔を真正面から静止して見ることはなくなった。

視線も自由にならない上、
周囲の目に敏感な父にとっては羞恥以外のなにものにもならなくて、
良く八つ当たりされたけれども…

考えてみれば40歳になって少しで、
常に振れる世界しか見れなくなってしまったんだから
悔しいやら情けないやら、さぞ辛かったと思う。

たった5,6日顔や手が震えてたのだって、煩わしくてじれったくて
イライラしてたもんなあ。
30年近くあんなぐらぐらした世界にいるのか。

父ももう70を迎えるので、
さすがに慣れた(というか諦めがついた)ように過ごしているが。
きっと、ずっと震えたままなんだろうな。

止まるのは、死ぬ時か。

ベッドの上で横になりながら、
脳内は一気に父の葬儀場の景色になった。
こんな暗黒面への触れ方は、妊婦だからか??
なんて縁起の悪い! 
でもその日は必ず近く来る。

元気なうちに産まねば、と強めのため息で映像を吹き飛ばした。

そこへ、医療事務なお姉さんが部屋に入ってきて

「ごめん! 入院費まちがってたー!」と金額メモを手渡してくれる。

お値段変わりましてー、6万2千円。

昨日の概算より2千円安くなった。

ま、カメラレンズ我慢なのは変わらないけどねっ…。


10:00

入院時最後の検診。

頸管はやや心配だが張りが落ち着いてるので、やはり今日退院できるとのこと。

「ショッピングモールとか行っちゃダメだからね」と釘を刺される。

…過去にいたらしい。退院後5時間で再入院だとか(しかも看護師さん)。
ミスド行こうと思ってたんだけどなー…。
「ドーナツ食べて腹痛になりました」なんて言ったら
「他の病院に行って下さい」って門前払いになるかもしれない。
うーん。

脳内をリング型菓子がぐるぐる旋回し始めた所で
「2週間自宅安静」と告げられる。

安静というと、入院前は『出かけるのを控えめに、日常生活』だと考えていた。

実際に入院して分かったのが、

『安静 = 入院時同等の生活 = つまり食事・洗面以外はベッドの上』

ということ。
何もそこまで、と思わなくもないが…そこまでしなくちゃいけなかったらしい。

夫が家事のほとんどをこなしてくれるので
"普通"の奥様たちより随分動いていない私だったが、
それでも日々の殆どをベッドで過ごしてはいなかったのだ。

仕事なんてとんでもない!

職場に提出するために診断書をお願いしたら、
「診断書はお金かかっちゃうから」と母子なんとかカード(※母性健康管理指導事項連絡カード)
を書いてもらえることになった。

実は入院直前、
「自宅安静って言われてヒマだから、家中ピカピカにしよー!」などと
トイレ掃除用具を新調したところだったのだ。
実行する前に入院になってしまったので「退院したら」と息巻いていたが、
自重しようと思う。


12:00

お昼はカツ!



入院中で一番美味しい食事だった。

…しかし味噌汁を忘れられる
(そーいや、何か足りないなーとは思ったんだ)

下膳に来たスタッフさんが気付いて、おわびにジュースをくれた。



13:30

いよいよ退院の時刻。


だが、迎えがこない

夫の位置検索をしてみた。

アイツめ、まさかのマンガ喫茶なう


13:50

マンガ喫茶でコミックを脳内大量インストールして機嫌がいい夫がやって来る。

もうほとんどの荷物は纏まっていた。

じゃあ、と運び出そうとするので、先に精算を済ませるよう部屋を追い出した。
そのスキに着替え。

事務から戻ってきた夫とナースステーションに寄る。
次の検診までの薬を渡された。

荷物を夫に持たせ、ついに病室をあとにする。

と、エレベーターに乗ろうとした時、
看護師さんが「ちょーっと待ってて!」とナースステーションに駆け出した。
バタバタと戻ってきて、母子手帳を返してもらう。

そういえば預けていたのを忘れてた。


twitterで退院報告する。

すると、「お勤めご苦労様です」リプライが大量に届いた。

嬉しいんですが、違うって!!

それを夫に報告すると、彼も「ご苦労様です!!」と頭を垂れた。

や め ろ !!


14:00

外に出るとすごく眩しかった。
眩しい!

たまらず、眩しいを連呼すると

久しぶりのシャバですからね」と夫。

これがお天道様の光です

彼はニコニコ顔で、手のひらを太陽に見せるように掲げた。



18:15

入院時とほぼ同時刻に夕飯。


それも、大好物のカレー!

…と、(写真はないけど)ミスド。

帰り道に寄って、夫が買ってきてくれた。
(私は駐車場待機だったけど)


これから病院様の生活が再現できるかどうか怪しいけれど(特に起床時間)、
なるべくおとなしくしてなくては。

本来「安定期」になるだろうに、一体いつ来るんだ私たちの安定期は。

…とにかく再入院にならないようにぐーたらさせていただこう。

全力でだ。


※ほんたいせいしんせん 
自分の意志によらず、手や足が震える疾患。
患者の発症時平均年齢は40代。
65歳以上には5人に1人発症するとされる。
パーキンソン病との違いは、パーキンソン病が安静時に震えるのに対し、
本態性振戦は動作時に震える。
投薬で緩和することが可能。 


************************

というわけで、今回で入院レポート終わりです。

書き上げるのに3ヶ月もかかってしまった…。

現在妊娠9ヶ月目。
その後胎盤も問題なく形成され、母子ともに順調です。

…突如逆子になる以外は。

もう回転しなくていいんだよ、我が子よ。

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JUGEMテーマ:妊娠と産婦人科
2013.04.09 Tuesday 21:17 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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2015.12.17 Thursday 21:17 | - | - |