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切迫早産で入院した話、目次。
『切迫早産』で検索してお越しになる方が多いので、目次をここに載せますね。


張り止め(リトドリン)を飲み続けるも妊娠21週で腹部に痛みを感じ、

病院に電話したらその後『切迫流産・切迫早産』で入院になったお話の目次。

2013年1月末の出来事です。

※2013年6月に無事出産、活発な女の子を育ててます。

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

子宮頚管も短くなってた(切迫早産入院2日目)

引越しと減薬(切迫早産入院3日目)

義母っぽい(切迫早産入院4日目)

「意見は即却下だ」(切迫早産入院5日目)

明日なんです。(切迫早産入院6日目)

「オツトメご苦労様です」(切迫早産入院7日目)

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2015.12.17 Thursday  | - | - | 

引越しと減薬(切迫早産入院3日目)

1月26日(土)

6:00。

朝の検温。抗生剤投与。


7:00。

NST。
我が子はまたしても暴れまわっている。
心音がうまく取れず、再測定。

8:00。

朝食。


今朝はパンだった。
ジャムを選ばせてもらえるのだが、無意識にブルーベリージャムを手にとってしまった。
ブルーベリーが嫌いなわけではないが、
夫が好んで買ってくる”いつものジャム”なので
自宅に居ない時ぐらいは違うものにしたかった。

ウチではピーナツクリームが出てこない。
夫の好みでないと知ったのは最近だ。

しっかり焼きめのついたトーストは、私の口に入るまでに冷めてしまい、
ラスクのように固くなってしまっていた。

0.5枚は食べて、スープも少し飲む。

吐き気が引き続いているので、それ以上は手を付けられなかった。


それでも昨日より吐き気は治まってきたように思う。
頭痛と歯痛は相変わらずだが、動悸も楽になってきた。
点滴の副作用に慣れてきたのだろうか。

私が投与されているリトドリン(=ウテメリン)はまだ軽めのものなのだ。
もっと酷くなるとリトドリンの量が増やされ、
それでも張りが強い場合はマグセントが投与され、副作用もそれはそれは現在の比ではなくなるらしい。
今朝までいた個室の、隣の部屋にいた妊婦さんはマグセント投与されて4週間目だと聞いた。
妊娠30週を超えたところで入院し、このまま出産まで退院できないそうだ。
廊下ですれ違った彼女はぐったりしていて、とても”幸せマタニティ生活”を楽しんでるとは言えなかった。

私は入院してやっと、自分がどんなに注意が体調なのか分かった。
医師や看護師の「無理しないで」は、ほとんど動くな、だったのだ…。

食べ終えてすぐベッドに戻り、「大人しく大人しく」と自分に言い聞かせた。


9:00。

検温。

その後、タオルで体を拭いてもらう。
看護師さんが私の背中に回り込んで、肩のマッサージをしてくれた。

点滴針の刺さった左手を動かさないように寝ているので、
寝返りが打てず背中まで痛くなっていたのでありがたかった。


10:30。

検診と膣内洗浄。
診察台でどうしても力を入れてしまうので、痛かった。今日は特に。

この後もお腹の張りがみられなければ、点滴のスピードを下げてくれることになった。

取り込む薬が減るぞ! きっと副作用が楽になる!!


12:00。

昼食。



蕎麦に、抹茶ムースがついてる!

なにより嬉しかったのは、左下の小ぶりなおにぎり!

私はおにぎりが大好きだ。これは何としても食べねばなるまい。

好物を目の前に高揚し食欲も引き上げられたのか、
なんと全て平らげることができた。

久しぶりに満腹になって、生きてる心地が湧いた気がする。


13:00。

検温。


14:00。

ケータイで撮影した画像をブログサーバーにアップロードするので四苦八苦する。
食事内容しか撮影していないが。
画像サイズが悪いらしく、横向きでアップロードされてしまう。
ケータイ内で画像回転できないし、
アップロードした先でも回転できない。
Picasaツールもアップロードしかできない。

画像編集もアップロードもすぐにできる、パソコンって便利なんだね!

試行錯誤した結果、画像編集アプリを新たにダウンロードし、
以降の撮影時には画像サイズを上げることで解決した。


15:00。

おやつ。



サツマイモは「棺桶に入れてくれ」と公言しているほど愛して止まない食材なのだが、
大学芋となると苦手になる。

美味しかったです。でも残した。


15:30。

夫が来る。
替えの下着を持ってきてもらい、念のために持ってきたバスタオルなど、不要な荷物を持ち帰ってもらう事にした。

私が二人部屋に移動になったのを喜びつつ、何度も

「顔がスッキリしたねえ! 痩せたねえ!!」とのたまう。

携えてきたビデオカメラ(いつもカバンに忍ばせている)で室内と私を撮影し、
”昨日ベッドで呻いていた私”を再生する。
「こんなに顔パンパンだったのに! 病院て凄いね!」

食べてないからだ、と跳ね返しておいたが、
頬から顎のラインが曲線でなくなったのは事実だった…。
点滴のせいでやつれたのだろうか。

食べれるようになったら戻るだろう(それもイヤだけど)。


16:00。

夫も一緒に、胎児の心音確認をする。
今回はNSTで使っていた大きな機器ではなくて、
心音だけ取れるもっと小さな――一昔前のラジカセぐらいの機械が当てられた。

相変わらず元気だ。


17:00。

夫が家中大掃除をした戦績を盛大に発表し、「続きやらなきゃ」と楽しそうに帰って行った。
一気に静かになる。


18:00。



エビフライですよ、エビフライ!!

この頃には味をしっかり感じられるようになっていた。
薄味に慣れたに違いない。

昼食に続き見事に完食する。


19:00。

検温。

無性にシチューが食べたくなる。それも、こってりした味の。


21:00。

ブログを書いてた…と思う。
そして「シチューが食べたい」欲は、シチューハンバーグが食べたい欲に変貌していた。


22:00。

消灯、しかし眠れずに23:00という表示を見てしまい、
慌てて寝ようと試みる。
2013.02.01 Friday 12:16 | comments(0) | trackbacks(0) | 

子宮頚管も短くなってた(切迫早産入院2日目)

※子宮頚管:いわゆる産道のこと。非妊娠時で4センチ、妊娠8ヶ月を過ぎて徐々に短くなってくる。約2.5センチで破水する。一旦縮んでしまうと伸び辛い上に、伸びたとしても次はもっと簡単に短くなってしまう事もあるらしい。

*******************

1月25日(金)

昨夜は寝る前に、睡眠導入剤をもらって飲んだおかげで、
手の震えや動悸を不安に感じる前に眠ることができた。

が、6時に検温の知らせで起こされてから点滴台にしがみついていた。

息が…息ができない。

加えて発熱で関節が痛む時と同様に、さらに歯と目から上の頭蓋が痛い。

もちろん手の震えも激しくなっている。

看護師さんに「こんなに凄いんですね…」と絞り出すものの
「でしょう? 一週間ぐらいで慣れるから」にっこり。
……先を伸ばされた気がする。

ちなみに体温は以降ずっと平熱を保ったままだった。


8:00。

朝食が運ばれてくる。



しっかりと”朝ごはん”だ。

しぶしぶ体を起こして、鮭に手をつける。口に運べない。
食事をしようにも箸が揺れて物をまともに上げられず、そもそも食欲もないので早々に食べるのを諦めた。



なんとか食べられるものだけ胃に入れた(それも、点滴の副作用が激しすぎて吐瀉した)。

感想は、「味がしない」。
そりゃそうだ。つわりの時に味の濃いものばかり欲しくなって、
元々減塩嗜好にあった我が家の食事もすっかり普通の塩分濃度になっていた。

料理担当の夫がいくら薄味に仕上げても、制止を無視して塩を振り入れていたっけ。

笑われるのを分かっていながら、「醤油持ってきて」とメールしておいた。


9:00。

日勤の看護師さんに代わった。
体調と、トイレの回数を聞かれる。

点滴に、抗生剤を追加。


NSTするも、お腹の子は元気すぎてすぐにプローブの下から逃げてしまいエラーになる。
誰に似たんだか。
お前にだ、と思いながら夫に報告すると、
「2歳で脱走した人の子だから」と返される。

そうだ、私は、母が洗濯物を干していて忙しいのを確認して、縁側からそーっと実家を飛び出した前科がある。

当時は主要道路だった、バスも通る家の脇の道路に飛び出して、
700メートル先まで逃げたらしい。
妊娠後期だった母は、苦しくても必死に追いかけたという。
妊婦は走っちゃいけなかったのではないか。
…申し訳ないことをしたなあ。

それにしても逃走癖が遺伝するなんて…。


10:30。

車椅子で1階に連れられ、外来の空いた隙に診察をする。

「こないだ見たばかりだけどなあ」笑いながら院長が、エコーをお腹に当てる。

「ありゃ、まだ横向きだ」我が子はいつも、体の右側を下にして寝そべった姿で映る。

いまだに胎盤の左端には不完全な厚みがあって――狭い部屋の片隅に座布団が積み重なったスペースがあるようで――、いくら胎児が小さいとはいえやっぱり窮屈そうだった。

続いて内診してもらう。

子宮頚管の長さを測ると、いつの間にやら3.4センチになっていた。
「ちょっと短いね、これは無理できないね」
お腹が張り続けると短くなってしまうものなので、私が”張り”に気を配らなかった結果でもある。

……気を付けます。本当に。


診察によって私には、洗面とトイレと、飲食のみ許された。
あとはベッドで寝てろ、ってことだ。

11:00。

看護師さんが体を拭きに来てくれたが、動悸と吐き気で起きる気力などなく、後にしてもらった。


12:00。

お昼が届けられる。



なんと、照り焼きチキンバーガー!!

入院前の私なら一口で頬張る勢いで喰らいつくだろうが、動悸も吐き気も継続中の身。
こってり味付けされたチキンを少しかじったものの、咀嚼する途中で口を動かしたくなくなり、やっとの思いで飲み込んだ。


13:00。

午後の検温。


15:00頃。

おやつが届く。


見るからに甘い。

甘いものは苦手だが、朝からカロリーを摂取していないので食べてみることにした。
案外、イケた。


夫が頼んでいた荷物と共に現れる。

家で一人何をしてるのか聞いてみると、
「布団干してー、洗濯物回してー、掃除してー」
家事を邪魔する人がいないので、
床材まで入れ替えるぐらいの勢いで清掃していたのだった。

看護師さんが来て、NST。
夫も一緒に心音を聞く。

夫は1時間くらい滞在した後、「布団入れるから!」とウキャウキャ立ち去っていった。

彼の一人暮らしには全く心配していないけど、一緒がいいなあと強く思う。


18:00。

夕飯が届く。



中華風の一揃え。

朝食をはるかに下回る塩分濃度に、「味がしない」と再び夫に報告する。


19:00。

夜の検温。
抗生剤を打つ。


20:00。

あまりにも暇すぎてtwitterやmixiに入院ネタを投下してしまったので、
お見舞いメッセージを大量に頂いてしまう。

…お騒がせしてすみません。。。


21:00。

漢方(大黄甘草湯)を渡されたので飲む。


21:30。

日記帳と、将来子供に渡すつもりで記録をつけている”マタニティーダイアリー”を開いて
今日の一日を振り返る。
字が…例によって波線の多い文字になってしまった。


22:00。

就寝を試みる。

(その後、翌1:00と3:00に看護師さんが巡回に来る。寝たフリをしておいた)  
2013.01.29 Tuesday 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) | 

検診と、「痛いのか分からない」(〜切迫早産入院1日目)

検診の度に「家事禁止」で「なるべく安静に」と念を押され、
初期から不安な状態だったため、仕事はずっと休みをもらっていた。

このまま休み続けて産休育休と行けば2年以上の休職になるのだが、
期限というものがあるので(そりゃそうだ)、
いい加減安定期に入るであろう1月21日(月)に仕事を再開した。


*****************

1月23日(水)、妊娠21週、復職3日目。

6ヶ月検診の日。
分娩が2件入っているらしく、先生が診察に戻るまで長い待ち時間を過ごした。

私がお世話になってる産院は個人医院で、
3階建てという建物の大きさであるのに医師が一人しか居ない。
当然、分娩が入れば診察はストップになる。

大柄の院長はいつもの早口をさらにスピードアップさせて、
さささっとエコーの確認を始めた。

そのままさささっと診察が終えられ、「散歩と、2時間以上のドライブ禁止ね」と告げられた。
6ヶ月も半ばだというのに、まだ胎盤が完成してないらしい(※一般的には5ヶ月で胎盤が完成し安定期に入る)。

来月頭に夫の実家で、義祖母の50日祭があるのになあ。

川越からひたちなかまで約2時間半。
”途中で長めの休憩すればいっかー。”

仕事については「無理しない程度に」OKは貰えたので(この”無理しない程度”が分からないから厄介なのだが)ゆるゆると産休まで通勤できそうだ。

と、この時点では思っていた。

処方薬がズファジランからリトドリンに変更されたので、
副作用について説明を受けてから会計を済ませて帰宅する。

*******************

1月24日(木)、復職4日目。

職場に到着してすぐ上司に時間を取ってもらい、会議室で
”まだ安定期に入らない”旨と、無理ができない状況なのを報告する。

10:30頃。

瞬発的に、左下腹部が痛む。
あれっ? 何だろう、と顔を上げてやっと、
前のめりでモニターに向かっていたことに気付いた。

席を外して休憩にする。

16:00頃。

午前中で帰宅して、コタツに足を突っ込んでぼんやり雑誌を眺めてると
またあのズキっという痛みが。

気のせいだろう、が、痛みの回数とともに不安を連れてくる。

「何か変わったことがあったらすぐ連絡するんだよ」という看護師さんの言葉を思い出していた。

ただ、迷っていた。

身動きが取れない程の痛みではない。
我慢できる。
というより、「痛いかな?」ぐらいの痛みでしかない。

とは言えそれはどれも”私にとっては”だ。

子宮や、胎児にとってそれがどのくらいなのかが全く分からない。

私自身だけで済むなら気にせずやり過ごすけれど、
果たしてこれは病院に連絡する程度のことなのだろうか。

30分間、「大丈夫」「いや、どうしよう」を繰り返して

「こうしてずっと迷ってるなら(病院に)相談しよう」とケータイを持った。

病院では看護師さんが受け取ってくれて、症状を説明すると
「生理痛ほどの痛みでないなら」と前置きしてから

「お薬飲んで、1時間ぐらい様子を見てみて」と答えてくれた。

しかし「それでも痛むようだったら入院だから」と付け加えられたので思わず私は、

えーーーっ!! と叫んでしまう。

電話を切ってすぐ、昨日処方されたリトドリンを1錠飲み込んで

もうズキっとしないで欲しいと願いながら薬が効くのを待った。


17:00頃。

そろそろ薬の効果が現れるはず…と期待しているところに、あの刺激痛がくる。

痛みは5分とあけずやってきた。
まだ薬の本領が発揮されないのかもしれない。


17:50過ぎ。

観念した。

痛みは消えなかった。
電話を掛ける。

「入院の用意をして来て」と指示される。

まさかこのぐらいの痛みで? 信じられない心地のまま
「何日分用意すればいいですか?」と聞くと

「一週間はみて」なんて応じられて愕然とする。


簡単にシャワーを済ませてから、バッグに下着とタオルと洗面用具を詰めながら

「本当に入院なのかなあ?」と何度も夫に呟いた。


「念のためってことで」夫になだめてもらいながら車に乗せてもらう。


18:30頃。

病院に到着すると車椅子に乗せられて、そのまま3階の処置室へ移された。

助産師兼看護師さんが出血の確認と、子宮口の開き具合をチェックする。

…すぐに処置が必要な状態ではないらしい。ほっ。

膣を消毒され(これが力むと痛い)、再び車椅子で2階の病室へ移動。
通されたのは、個室だった。

前開きのボタンが膝まで続く長い病床着に着替えるよう言われ、
ベッドに横になって心電図を録る。
左手に点滴の針を刺された後、
分娩監視装置で子宮の収縮と、胎児の心音をモニターする(※NST:ノンストレステスト)。
個室にお腹の子の心音と羊水の中を動き回るノイズが響いて、もう一つ安心した。

ロビーで「子宮収縮が起きているので入院」と告げられたらしい夫は、
時間が遅く病院で夕飯が出ないのを知って一旦家に戻っていた。

病室に入って来た時には、コンビニ弁当ではなく自宅で調理してきたお弁当を持ってきてくれた。

一緒に胎児の心音を聞く。「なんか、鼓動が凄く速いね」
規則正しい音に、彼が前々から心配していた事が晴れたのを教えてあげた。
「けど、不整脈は遺伝してないでしょ」
(夫は、先天性の不整脈で心臓を手術していたし、その時に軽微な弁不全も判明したので
子供に遺伝しないか懸念していた)


私が受ける点滴は、経口摂取していたものと同じリトドリンだ。
看護師さんには「副作用凄いから。”こんなにはぁはぁして大丈夫なの?”って言うぐらい息が上がるから。手もガクガクするよ」と冗談まじりに説明された。

その通り、採血が終わって『看護計画書』にサインをする時には、
どうしようもなく手が震えて名前によく似た文字を書くのが精一杯になっていた。

代わりに、お腹を触ると今までに感じたことがないくらい柔らかくなっていた!
右から押すと、ふよん、と左に揺れて戻ってくる。

この瞬間初めて、ずっと張っていたんだ、という事を理解させられたのだ。

入院して良かったのかと思っていた私の心を読んだのか、看護師さんが笑った。
「入院して良かったんだよ」


20:30。

NSTが終わるのを待って、夫は帰宅した。
会社への連絡は明日朝、彼がしてくれることになった。


22週に僅かに満たないが、診断名は ”切迫早産” だった。

(※21週までは『切迫流産』、22週以降は『切迫早産』とされる)
2013.01.28 Monday 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | 

いい加減観念して暴露しますよ。

新年一発目の記事ですよ!

あの…その…別に隠してたわけじゃないんですが敢えて報告するのもなー…と思って、

とりあえず”落ち着いたら”ネタにしようと思ってました。

なので、このエントリを見て初めて知る友人も居たりするのですが、



31歳で初妊婦になりました。


「なんとか嚢胞」? 「卵巣」? らしくて、卵子がほとんど外に出ない体質だと言われていました。

子供大好きな夫は「借金してでも5人欲しい!」と一人で明るい家族計画を立ててたのですが、
最初の子すらいつになるかという状態でしたので、騒ぐ夫は放置。 

「結婚式も終わったし、とーちゃん(実父)に瀬戸の渦潮見せに連れてってやるかーー」

と日常から溢れ出す親孝行ソリューションを発揮しようと、私は私の明るい家族計画を立てておりました。

ら、妊娠発覚ですよ。


まだ卵が細胞分裂を繰り返してる段階にも関わらず、夫は「早く産まれてきてー!」と狂喜の呪詛を唱える毎日。

お陰で、

卵がその気になって発奮し、

初期の内から子宮内出血で安静を余儀なくされました…。


9月末から仕事も全てストップし、

あんなに大好きだったドライブも辞め、

さらに家事もしなくなって…

毎日引きこもりでございます。


twitterには良く遊んでもらいました(今も)。


そして季節は変わり、

「絶対安静」から「少し動いてもいいけど、お掃除とかはダメ」にランクアップ。


邪魔だ! と売り払ったコタツがまた出現するという奇異な現象にも遭いました。

コタツでゴロゴロするばっかりの毎日を過ごせたけどね。

***************

妊娠って、

ハイ! 妊娠発覚!
ハイ! つわり!
ハイ! 安定期!
ハイ! 出産!!

って思ってたのですよ。かなり甘いと自覚しながらも。

ニュースを見れば、

”いつの間にか妊娠していて、自宅や公衆トイレで一人で産んで遺棄しちゃいましたー”

という事件が頻発しています。

妊娠する前は「周り気付かなかったの?」「どーやって産んだの??」と思ったぐらいでしたが、


良く何事もなく出産まで漕ぎ着けたな…

なんて感想も湧いてくるようになりましたよ。

普通に生活してても問題なかったんでしょ?

こっちは安静に安静にしたにも関わらず入院(※後述)だってのに!


つわりは少なかったけど、妊婦って大変です。

特にお腹が目立たないうちは、

ちょっとしたことで出血しちゃったり胎盤剥がれちゃったりするので周りのフォローがないと母子共に辛いです。

「あの人お腹出てないのに妊婦?」っていうマタニティーマークつけてる人がいたら優しくしてあげてね。

妊婦さん自身もお腹出てないうちは、動けちゃうから無理しがちな人多いです。

周りの優しい手を「大丈夫です!」遠慮してしまう方は要注意です。


優しくされて当たり前! だと思う妊婦さんは、そもそも人として論外だけどね。



私?

引きこもってたから座席譲ってもらう経験はしてないなあ。

夫を散々こき使ってるけどね!!


というわけで当ブログはしばらく妊婦ネタになります。

良かったら引き続きお付き合い下さい。
2013.01.27 Sunday 17:52 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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